日本ポエトリースラム史概論のβ版のような何か──観客ジャッジ方式を中心に──

はじめに

ポエトリースラムジャパン2019年大会の予選シーズンが始まった。

埼玉県川口市の銭湯を会場として行われた「銭湯大会」を皮切りに、次なる予選大会はなんとオンラインのライブ配信サービスを利用した「キャスポス大会」(ツイキャスエトリーラムを短くした名称とのこと)。

この後も東京都内でのいくつかの予選大会や、名古屋・前橋・埼玉・大阪・福岡などの地域大会が続く。全国大会は12月に行われる。詳しくはポエトリースラムジャパン公式サイトをチェックされたい。

 今や世界中の地域に広がりをみせるポエトリースラム(poetry slam, slam poetry)だが、その発祥の地はアメリカである。その歴史と内容については、英語資料を引いて簡潔に説明するのが手っ取り早い。ということで、いきなりだが引用と拙訳を載せる。引用は下記ウェブサイトより。

以下、ポエトリースラムの方式と発祥について説明した部分を引く。
A slam itself is simply a poetry competition in which poets perform original work alone or in teams before an audience, which serves as judge. The work is judged as much on the manner and enthusiasm of its performance as its content or style, and many slam poems are not intended to be read silently from the page. The structure of the traditional slam was started by construction worker and poet Marc Smith in 1986 at a reading series in a Chicago jazz club. The competition quickly spread across the country, finding a notable home in New York City at the Nuyorican Poets Café.
【拙訳】スラムというものは、一人またはチームで詩人が自作を観客の前で披露し、その観客がジャッジもするという詩の競技会である。作品は、その内容や形式だけでなくパフォーマンスの態度や情熱にも大いにもとづいてジャッジされ、スラムの詩の多くもまた静かに紙の上で読まれるためのものではない。現在受け継がれているスラムの形式は、1986年、建設労働者で詩人のマーク・スミス(Marc Smith)が、シカゴのジャズクラブでリーディングの連続ライブ企画で始めたものである。この競技は瞬く間にアメリカ国内に広まり、ニューヨークのニューヨリカン・ポエッツ・カフェ(Nuyorican Poets Café)のような有名な拠点も生まれた。

発祥の地とオリジネーター(なんなら年月日も?)がはっきりしているあたり、”ヒップホップの発祥はDJクール・ハークがニューヨーク・ブロンクス地区で……(以下略)”みたいな説明文と仲がよさそうである。

さて、上に引用したような意味での「ポエトリースラム」は、日本にはまだまだ少ない。

どういう点においてかというと、「観客がジャッジをする」という点だ。

日本リーディング競技会史概説[β版]

頭が論文モードなのでなんだか仰々しいタイトルつけがちであるが(すいません)、ようは、日本で、リーディングのたぐいで勝負する競技会っていったいどういうものがあったんかいな、という関心である。いずれはちゃんとした通史を書きたい。以下、本文中の人物名は敬称略とする。

さて、これまでも、リーディングを中心とする競技会は、日本国内にもいくつか存在した。

例えば、1997年に始まった詩のボクシング

この競技会では、詩ボク創始者・楠かつのりを含む奇数人数の審査員が、ジャッジを務める(ルールはこのページを参照。)

また、2003年2月から始まり、中断をはさんで2012年に完結した、さいとういんこ主催の「新宿スポークンワーズスラム(SSWS)」も、審査員によるジャッジ方式をとっている。

たとえば、衆議元市議夫のブログ記事(2014年04月17日付)によると、2007年SSWSグランドチャンピオントーナメントの審査員は、
さいとういんこ(作詞家/詩人/ミュージシャン)
S-KEN(ミュージシャン/プロデューサー)
浅沼優子(音楽ライター/翻訳家)
筏丸けいこ(詩人/随筆家)
古川 耕(HIP-HOPライター)
山路(古書店Flying Books店主)
大野貴博(ソニーレコード)
という顔ぶれであった。ちなみに、このSSWSから、私がポエトリーリーディングを始めるきっかけになった詩人の一人、小林大吾が、古川耕によってフックアップされている。←布教にぬかりがない

観客ジャッジを本格的に実践したポエトリースラムジャパン

MCバトルに出場するラッパーや、バトルを観戦したことのある人たちにとっては、「観客の挙手と歓声によって勝敗が決まる」というルールには既に馴染みがあるかもしれない。そういう点で、ラッパーがポエトリースラムに出場するハードルは一つ取り払われていると感じる。

さて、「観客がジャッジをする」という意味でのポエトリースラムを、おそらく初めて本格的に日本で始めたのが、ポエトリースラムジャパン(以下PSJ)代表の村田活彦だ。PSJの始まりは、村田が2014年にフランスで語学留学をしていた際に、パリの国際ポエトリースラムに出会ったのがきっかけである。

W杯主催者に「この大会に日本からも参加したい。どうしたらいい?」と聞くと「それはお前が日本大会を主催して、日本代表を決めるしかないだろう?」という返事。な、なるほど。それで、このポエトリースラムジャパンを開催することになったというわけです。
POETRY SLAM JAPANとは 代表あいさつより)

村田がPSJを始めるきっかけとなったパリでの体験は、以下の記事も参照されたい。
2015年度から始まったPSJは、2019年大会で5年目、6回目の開催であり、最後の大会となる。今後どのようにポエトリースラムが日本で継承され、広がっているかは、現役または未来の有志たちに委ねられている。

それはともかくとして、この「観客がジャッジをする」詩の競技会が、声と言葉を主な道具としてパフォーマンスをする人たち──詩人、ラッパー、歌手、俳優、あるいはその時初めてマイクを握る者──とその周辺になにがしかの影響をもたらしたことは疑いようがない。

PSJが公式に発表しているルールは、以下の通りである。
  1. 各試合の時間制限は3分
  2. 来場者によるジャッジで勝敗を決める
  3. 音楽、小道具、衣装の使用は禁止とするる
  4. 朗読は自作のものに限る
  5. 暗唱する必要はなくテキストの持込は可とする
※各地区大会、全国大会によって、ルールが異なる場合があります。ルールの詳細は、各大会の発表に際して随時お知らせいたします。またSNSなどでも告知いたします。
※ポエトリースラムジャパンのルールをどう解釈、適用するかは出場者、審査員それぞれに委ねられています。
(POETRY SLAM JAPANとは何か ルールより)

五か条のルールの下に添えられた但し書きこそが、わりと大切だったりする。

特に、2番の「来場者によるジャッジで勝敗を決める」の具体的なやりかたは、PSJに限らず、スラムごとに異なる。

例えば、私が出場したPSJ 2017年東京A大会の観客ジャッジは、

①来場者の中から5人のジャッジをランダムで選ぶ。
②ジャッジに選ばれた5人は、リーディングが一回終わるごとに、0.0~10.0の範囲内で点数をつける。
③それらの点数のうち、最高点と最低点を除く三つの点数を足して、その合計点の順位によって勝ち抜きが決まる

というものだった。他のスポーツ競技でもよくとられているやりかたで、ポエトリースラムジャパンの過去の大会も、多くの回ではこの方式がとられてきた。

審査員が事前に決まっていないため、そのときどきで判定の傾向は変わる。そのため、大会の展開をよりスリリングに、ドラマチックにする効果がある。

PSJ2019年 銭湯大会での観客ジャッジ

さて、先日(2019年6月15日)行われたPSJ 2019年大会の一つめの予選、銭湯大会では、「観客が全員ジャッジに参加する」という方式で行われた。

観客全員に、色つきのカードが配られ、各ブロックのリーディングがすべて終わったあとに、自分がよいと思ったパフォーマーの色のカードを挙げる。

大会のルール詳細については以下のウェブサイトを参照。
観客審査という原則をフル活用したこの方式だが、私はこの全員ジャッジ方式が、大会にポジティブな影響をもたらしたと感じた。

1. すべてのリーディングを、よりしっかり傾聴しようとする
もちろんポエトリースラムに足を運ぶということは、リーディングを見よう/聴こうという意思が初めからある場合のほうが多いと思う。それに、詩はとりあえず静かに聴くもの、という共通理解もだいたいある。
そういった前提に加えて、自分もジャッジの当事者になるので、「自分にとっての“いいリーディング”は何だろう?」と、観客全員が真剣に考えだす

2. 自分の判断基準に正直になることができ、それが票数という形で確実に反映される
観客は、リーディングを心地よく楽しむだけでなく、自分の心に起こる作用をより熱心に観察しようとする

3. 自分が挙手したけれども勝ち抜けられなかった出場者に、後から感想を伝えやすくなる
「○○さんに挙げてました!~~がいいなあと思ったので」みたいな感じで、他の出場者に声をかけやすくなる。私も実際に、このように声をかけて、他の出場者に自分の感想を伝えることができた。

もちろん、運営側が野鳥の会ばりのカウントに奔走しなければならないという実務上の困難さはあるが、ランダム5人制の大会とはまた違った、前向きな空気が銭湯大会には流れていたと思う。

ポエトリースラムのジャッジの方式は、観客の心に働きかける仕掛けそのものだと感じた。

いちおう続きがある(はず)

ということで、当初書こうと思ってた銭湯大会出場の記は、また後日。だいぶ忘れてきてるので早く書かないと。

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